『サイバーパンク:エッジランナーズ』:デイビッド・マルティネスと特殊性の神話

文:ルイス(Read in English

訳:スナイダー・オリビア

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最近『サイバーパンク:エッジランナーズ』を再視聴している間、『サイバーパンク』の世界を作ったクリエーターマイク・ポンスミスのSNS上のある投稿(英語のみ)を発見し、それを読んだらシリーズの主人公デイビッド・マルティネスおよびナイトシティ(直訳:夜の都会)の世界への見方ががらっと変わった。『サイバーパンク:エッジランナーズ』でデイビッド・マルティネスというキャラクターが初めて紹介される瞬間は、彼は特別でユニークな男に見える。彼は、ナイトシティ#adという未来的で厳しい環境で成功しようとする主人公だ。彼の絶対諦めない態度、独学のスキル、そして側から離れない忠実な仲間を含め、デイビッドは逆境に打ち勝つべきの負け犬ヒーローとしてはっきり描かれている。ストーリーが続くと、デイビッドは軽犯罪から卒業し、ナイトシティの大物と関わるようになるが、アラサカ社に注目される。実験的サイバーウェアアップグレードに対処し、「サイバーサイコシス」にならないデイビッドの特殊な能力は、彼らにとっては百万人に一人の存在だ。アラサカ社の目線からは、デイビッドは彼らの最新鋭のプロジェクトに一番適している人間だ。

しかし、『エッジランナーズ』はデイビッドをただの優れた才能を持つ、偉大さを目指すヒーローとして描かない。シリーズの結末では、ある事実を明確にしている:ナイトシティの悪夢のような世界では、デイビッドはそこまで特別な存在ではない。彼はただの厳しい環境の被害者、サバイバルすることだけで苦労している凡人の市民にすぎない。彼の「特殊性」と受け取られている特徴は、ただこの大都会はどれだけ市民を苦しめ、非人道的である場所だとさらけ出している。

デイビッドの「利点」として認識される特徴

初めて見るデイビッドは、ナイトシティの地獄で苦労している凡人に比べて、皆から変わっている才能を持っているように思える。まず、彼は母に愛され、彼女は大事な息子をできるだけ治安の悪い・犯罪の多い市内とその腐敗から守ろうとした。決して恵まれた育ちではなかったが、親に愛されて養われる家庭で育ったデイビッドはすでに周りの人の立場を超えている。

突然の悲劇に直面するデイビッドは、メインがリードする「エッジランナー」のチームと深い仲を培う。このチームでは、デイビッドはナイトシティの混乱の中でお互いに頼れる仲間を見つける。この「仮の家族」はデイビッドにコミュニティと帰属感を与え、彼はナイトシティで一人でもがく孤独な市民たちに比べてより幸せな人間関係を築いている。

デイビッドにとって最も重要な関係は、メインから受ける指導の影響。彼はデイビッドを守り、サバイバルスキルを教える。デイビッドにはこのような経験を積んだ父親代わりの人がいるため、ナイトシティで一人で活動する乱暴な一匹狼より優位に立っている。

しかし、デイビッドの最も大きな利点はより生来の能力だ:彼の強い心理的精神力と高レベルの「人間らしさ」により、彼は「サイバーサイコシス」の精神病にならずに最先端のサイバーウェアのアップグレードや強化に耐えられる。

デイビッドの状況の事実

デイビッドの物語が悲劇的な結末に向かって進む中、『エッジランナーズ』はある事実を明確にしている:彼の様々な利点や「特殊性」は、ナイトシティのひどい生活環境の影響でゆがんでしまった見方にすぎない。最後の対決では、アダム・スマッシャーはデイビッドが特別である考え方をあざ笑う。

「クズが特別だと思ってんのか?笑わせんな」

『サイバーパンク』のクリエーターマイク・ポンスミスまでこのテーマについて意見を述べている:デイビッドが「特別」に見えた特徴、つまり愛する子供のために頑張っている親を持つこと、仲間を見つけたこと、指導してくれる恩師がいることなど、ナイトシティでは珍しいものを手に入れていたからこそデイビッドの「特殊性」のイメージが生まれた。彼が持っている「特別」な利点とは、ナイトシティの外で生まれた者にとっては当たり前のことである。

デイビッドの状況の悲しい事実は、彼の生い立ちは貧困であり、現代の中流家庭でさえ普通とされる基本的な資源が不足していた。母親が亡くなってから、母親が与えてくれたわずかな恩恵も消えてしまった。その結果、彼は他の苦労している市民と同じように、ナイトシティの容赦ない厳しい環境にさらされることになった。より良い生活へのキャリアパスの夢は潰え、彼の代理家族も激しく引き裂かれた。

つまり、アラサカ社はデイビッドを非常識なサイバーウェア実験の 「100万人の1人 」の候補者とみなしていたが、それはナイトシティの地獄のような環境において、「人間らしさ」のかけらが彼に残っていることが異常だったからにほかならない。ポンスミスが認めているように、現代の現実世界で精神的に健康な平均的な人間であれば、ディストピア的な設定の中でデイビッドが最終的にできることよりも、サイバーウェアの増強にうまく対処できる可能性が高い。

デイビッドの特殊性は、彼が持っていた真に並外れた能力というよりも、人間らしさと希望の痕跡がほとんどすべて消えてしまったナイトシティにおいて、「特別」であると認められる基準がひどく低いことを物語っている。あの心理的な荒れ地では、絆を結び、すぐに精神病的な暴力に走らないという基本的な能力にしがみついているだけで、デイビッドのささやかな回復力が特別にレアなものに思えたのだ。

サイバーサイコシスと人間性

なぜデイビッドが特別な才能を持った異常者ではなかったのかを理解するには、サイバーパンクの概念である「サイバーサイコシス」に注目する必要がある。サイバーサイコシスとは、サイバーウェアやロボットのパーツを体にインストールしすぎると起こる現象で、精神が退化し、現実や人間の感情を把握できなくなる病だ。

このようなサイバーサイコ状態に陥りやすいかどうかは、その人が生まれつき持っている「人間性」のレベル、つまり心理的な強さ、共感力、そして生物学的な部分を機械の部品に置き換えすぎたことによる非人間的な影響に屈しない抵抗力によって大きく左右される。先天的な精神構造に基づいて、依存症にかかりやすい人とかかりにくい人がいるのと同じように、サイバーサイコシスもまた、「人間性」のレベルに応じて、個人に異なる影響を与えるのである。

サイバーパンクの世界が最初に構築されたクラシックな卓上RPG(これは今でも完全に正統なものと考えられている)では、サイバーサイコシスに対する免疫という考え方は捨てられている。その代わりに、あなたのキャラクターは、その固有の人間性と心理的不屈の精神を表す「共感」スタッツを持っている。あなたがサイバーウェアをインストールするたびに、サイコロを振って「人間性コスト」がかかり、あなたの共感力のスコアが少しずつ減っていく。

人間性が十分に低下すると、普通の人々への共感が薄れ、非人間的な偏執症患者になり、キャラクターが深刻にコントロールを失い始めるというロールプレイをすることになる。あなたは、強化されていない人々を哀れな弱者と見なし、彼らの弱さにイライラし始める。そして、もしあなたの共感力がガタ落ちになったら、ゲームマスターがあなたのキャラクターを完全にコントロールするようになる。その時点で、あなたは正式に完全なサイバーサイコとなり、グループにとって狂ったNPCの悪役に変身する。免疫性はない。ただ、あなたの人間性をサイバーアップグレードに置き換えすぎると、徐々に精神病に陥っていく。同僚のフランキーが一番上手に説明している:

「DnDでは、プレイヤーが強くなり、より多くの呪文を手に入れると、成功する可能性が高くなる。サイバーパンク・レッドでは、その逆である。より多くのサイバーウェアを追加し、より強力になればなるほど、早すぎる最期を迎える可能性が高くなる。」

ポンスミスによれば、デイビッドはナイト・シティのスクラッパーの大半と比較して、人間性の尺度でかなり高い評価を受けていた。彼の背景には、何人かの支援者がいたため、サイバネティック強化の負担に耐えるためのより強い精神的基盤を持ってスタートすることができた。しばらくの間、彼の比較的強固な自己意識は、それを完全に失うことなく、より多くのアップグレードを引き受けることができた。

しかし最終的には、サイバネティックのオーバードライブと過酷な肉体的/精神的負担が、誰もが恐れていた崩壊を引き起こした。デイビッドの生来の人間性は、他の多くの人たちと同じように本格的なサイバーサイコシスに屈するまで、長い間彼を守ることしかできなかった。

デイビッドの抵抗が彼に時間を与えたとはいえ、それでもサイバーサイコシスに屈したという事実は、彼の「特殊性」が決して免疫性に近いものではなかったこと、つまりナイトシティが最終的にその踵の下にすべての人を押し込めるという、必然的に非人間的な現実に対するささやかなバッファに過ぎなかったということを突きつける。

正常性の低い基準

デイビッド・マルティネスの悲劇はその核心において、ナイトシティのディストピア的な地獄では人間の良識や正常さの基準がいかにひどく低下しているかを示す厳しい解説となっている。希望や共感、道徳的な基盤らしきものが徹底的に剥奪された環境では、思いやりの心や心理的な不屈の精神といった、ごくささやかなものでさえ、特別なものに思えてくる。

だからこそ、デイビッドの数少ない長所である、片親に愛情があること、友人関係を築くこと、すぐに暴力的で堕落した精神病に陥らないことなどが、彼が偉大さのために生まれたレアな異常者である兆候だと誤解されるのだ。しかし実際には、人間らしさの余韻を残すこうした最低限の行動は、中途半端に機能的な社会であれば、ごく普通の基本的行動とみなされるだろう。ナイトシティには基本的な人間としての尊厳すらまったく欠如しているのだ。

『エッジランナーズ』の根底にあるテーマは、結局のところ、誰も真に特別な人間などいないということだ。同じ悲劇的な犠牲者のさまざまな色合いが、彼らの不幸から利益を得る腐敗した非人間的な力によって徐々に人間性を奪われていくだけなのだ。デイビッドの「100万人の1人」というステータスは、常に幻想だった。

最後に

結局のところ、『サイバーパンク:エッジランナーズ』は、デイビッド・マルティネスが当初は決して非凡な人物ではなかったという事実を主張する。彼の 「特別 」な資質は、ナイトシティの非人間性と堕落というゆがんだレンズを通してのみ際立って見えた。

このアニメは、このように組織的に抑圧され、非人間的な環境では、誰も唯一無二の存在ではないということを補強している。神話化された個人主義を鵜呑みにするデイビッドの傲慢さは、ディストピアにおいて「特殊性」という空虚な理想を祭り上げることの危険性を示す寓話となる。

その代わりに、彼の破滅は、偽の例外主義の無意味な追求によって自分の価値を証明する必要はなく、すべての人に内在する価値を評価するよう私たちに呼びかける。人間性を根本から削ぎ落とした世界では、ただ人間であるだけで十分特別なのだ。

写真提供:Netflix


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